韓国は緩衝地帯か?旧態依然の韓国観と訣別せよ(しんぶん国民編集部)

フジテレビ系のニュースサイトであるホウドウキョクで12月29日付の論説として、フジテレビの二関吉郎解説委員が「韓国にそろそろ強めのカウンターパンチを繰り出そう」と題して韓国との付き合い方を説いている。

「そろそろ」というには遅きに失し過ぎていると思う向きもあるだろうが、韓国が仕掛けてくる歴史戦に対して「もっと効果的に反論しよう」とし、不当な要求は「突っぱねるだけである」としているのは良い。

しかしそれでいながら、「『断交してしまえ』という声には、感情的に惹かれない訳ではないが、得策とは思わない。そんなことをすれば彼らと同じレベルに堕ちてしまう」と断じているのは見逃せない。

異常な反日を続けながらも韓国が決して言いださないものこそ我が国との「国交断絶」である。それは執拗に謝罪と賠償を要求して相手を屈服させようとする韓国にとって必要な条件が日本との「国交」であり、自らその窓口を捨てられずに甘えの反日を繰り返しているだけでしかない。

ひるがえって、日本は韓国と断交しても何も困る事はなく、「同じレベル」に陥ることは全くない。

緩衝地帯論は幻想

この論説ではさらに、韓国と断交してはいけない理由として、「韓国は我が国にとって貴重な緩衝地帯である。彼らの代わりに北朝鮮軍と直接対峙するのを望む人間は居ないはずである。その貴重な緩衝国家を敵方に追いやるのはまずい」と語っているが、あまりに旧態依然とした韓国観ではあるまいか。ミサイルやサイバー戦が争点となる中、地理的な「緩衝地帯」がどれほどの意味を持つのか甚だ疑問である。

そして何よりも、今の韓国を見て「北朝鮮と対峙している」と見える人間がどれだけいるだろうか。現在、北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる各国の対応をかき乱す韓国政府の一連の動きから、平昌五輪をめぐる北朝鮮への異常な配慮と優遇姿勢からしても、すでに韓国は北朝鮮に従属した別働隊であるかのようだ。

いまだに保守論壇の一部には韓国を「緩衝地帯」「防波堤」として期待する向きが冷戦構造下から現在にいたるまで見受けられるが、そもそも朝鮮半島を「緩衝地帯」と見做そうとする見方自体が正しかったのかどうかを我々は根本的に考え直さなければなるまい。

今から約千三百年前、日本は朝鮮半島の動乱で百済が滅亡した事に危機感を抱き、「緩衝地帯」としての百済を再興しようとしたが、百済側の内粉と混乱によって、日本は天智2年(663年)に白村江の戦いで大敗北を喫して大きな犠牲を出している。

時が下って、十九世紀以降の日本は朝鮮半島を「緩衝地帯」にしようと考えて行動をとって来たが、それらは全て朝鮮側が内紛を重ね、日本を裏切っては事大主義から清やロシアにコウモリのように擦り寄ることよって、日本をはじめとした周辺国は振り回され続けて来た。

こうした歴史を眺めれば朝鮮半島は「緩衝地帯」どころか、むしろ「脅威の震源地」そのものであった実態が見えてくる。

それとあわせて朝鮮半島に「緩衝地帯」としての価値があると周辺国に思って欲しかったのは朝鮮半島の国々自体であった事も察せられよう。自国に「緩衝地帯」としての価値があると周辺に喧伝する朝鮮半島国家の姿勢とそれらの事大主義外交は全く一体のものである。これは現在でも南北ともに共通している。

これからの日本に必要なのは朝鮮半島、韓国が「緩衝地帯」という幻想から覚め、韓国の存在そのものが脅威や混乱の原因である事実を認識して徹底的に関係を断ち切る姿勢を鮮明にすることだろう。

しんぶん国民編集部

(しんぶん国民 平成30年2月号より)