拡大暴走するヘイト認定

「共産党にNO」が「ヘイト」になるおかしさ

「ヘイト認定」が暴走している。2月2日に投開票された京都市長選挙は与野党相乗りの現職・門川大作市長が、共産党とれいわ新撰組が推薦した福山和人候補を破って再選を果たした。この選挙中の1月26日、門川陣営が京都新聞に「大切な京都に共産党の市長『NO』」という見出しの広告を打った。

新聞広告「大切な京都に共産党の市長『NO』」

すると、これに対して日本共産党委員長の志位和夫が即日ツイッターで「ヘイト広告で選挙を汚す」と噛みつき、同党政策委員長の小池晃も「ヘイト広告」と決め付けて門川陣営を批判した。

しかしこうした政党批判が「ヘイト」になるなら、日本共産党自体が過去におこなってきた自民党批判も「ヘイト」になるだろうとネットを中心に反論が起きて話題を呼んだ。自分の気に食わない言論を全て「ヘイト認定」でレッテル貼りして封殺しようとする共産党・左翼勢力の危うさと矛盾が垣間見える一幕であった。

そもそもこれに限らず「ヘイト認定」はさらに拡大を続け、恣意的な使われ方をされている。支那朝鮮に批判的な言動はほぼ全て「ヘイト」とされるのみならず、韓国の反日姿勢の実態について学術的に論究した本ですら、反日左翼勢力からすれば「嫌韓ヘイト本」とされる。かつて大陸で起きた「焚書坑儒」の前夜のようですらある。

「ヘイト認定」は韓国や共産党を批判する言辞だけにとどまらない。行動保守のデモや街宣には反日左翼勢力が「ヘイトスピーチやめろ」馬鹿の一つ覚えのような事を喚いて押し寄せるのが恒例となっているが、それによれば、「拉致被害者かえせ」「竹島かえせ」「違法賭博パチンコを禁止しろ」「外国人の通名悪用をやめろ」「移民受け入れ反対」といった主張も全て「ヘイト」となるのである。更には、舛添要一前都知事や大村秀章愛知県知事といった売国的為政者を批判する街宣ですら「ヘイト」とレッテル貼りする者まで現れる始末である。こうして見ると「ヘイトスピーチ」とは、反日勢力にとって都合の悪い言論であるに過ぎないという事だろう。

寅さんもヘイトスピーチか?

余談となるが、昨年末から「男はつらいよ」の50作目「お帰り寅さん」が劇場公開されており、再び寅さんが注目を浴びている。我が党の鈴木代表の地元葛飾を舞台にした「男はつらいよ」シリーズであるが、昭和54年公開の「寅次郎春の夢」では、里帰りした寅さんが、おいちゃん、おばちゃんから「おまえアメリカ好きか?」と聞かれるや、「大嫌い。アメリカほど嫌いなものはない」として、黒船来航以来の歴史を熱弁。「あいつらに日本人がどれだけ酷い目にあったか」と語り、アメリカ人に会うや「怪獣!怪獣だよ!」「ケダモノじゃないかあれは!」と大騒ぎする寅さんの様子を喜劇的に描いている。

男はつらいよ 寅次郎春の夢

もしも、この場面の「アメリカ」を「韓国」に置き換えてリメイク版でも作ろうものなら、反日左翼勢力が「ヘイト映画だ」と大激怒して山田洋次監督は「ヘイト監督」に「認定」されて劇場も上映中止が相次ぐ大騒ぎになるかもしれない。今のような「なんでもヘイト」の日本では寅さんもうかうか「おかえり」できない。

言論の自由は戦って勝ち取るもの

日本人がこうした流れに黙っていたのでは、これからの日本はグローバリズムの侵蝕とそれに利用された反日左翼勢力の「ヘイト認定」の乱発によって、日本的な言論、表現の自由は萎縮を重ねていくことになるだろう。

言論の自由とは放っておいて与えられるものではなく、戦って勝ち取り、常識の枠組みを常に切り開いていく物である事を改めて認識し、こうした「ヘイト認定」のレッテル貼りに屈する事無く、日本を守る日本派の運動を臆する事無く、しっかりと展開していかなければならない。